漂う幽霊船

沈没船が勝手に動いた! まさか、幽霊船?

嘘ではありません、本当に沈没船が動いちゃったんです。

こちらのニュース、気になったので、紹介します。アメリカ、ミシガン湖の沈船ですが、浅い場所で、パブリックビーチの傍にありました。そのため、観光客にもちょっと知られたスポットとして活用されていました。湖なので、船の保存状況は比較的良好だったそうです。

Lake Michigan shipwreck suddenly moves after being embedded in sandbar for decades

https://www.mlive.com/news/kalamazoo/2021/06/lake-michigan-shipwreck-suddenly-moves-after-being-embedded-in-sandbar-for-decades.html

The City of Green Bay という名前の船。グリーンベイで作られたから、そのままの名前。1887年に座礁したそうです。今日はブログ記事が長くなりそうなので、船のキャリアについては、割愛。

さて、この船、浅い場所なので劣化が進むのではないかと引き上げの計画などもありましたが、実現していませんでした。

そんななか、この沈没船からちょっと離れた場所の住人さん。初夏になり湖を見てみると…何か大きな物体があることに気が付いたようです。そこで、担当の海事・水中考古学者が調べてみると…沈没船がある!そして、近くにあったはずの船がない!

どうやら、2020-2021年の冬は、記録的に湖の水位が高く、荒れた天気の日が多かったようです。冬の間に沈船の周りの土が洗い流されて、沈船が流された…。

そんなことってあるの? 

実は、結構あるようです。沈船遺跡は、砂に埋もれたり、露出したりをある程度繰り返しながら均衡を保っているようですが、そのバランスが崩れると、遺跡の一部が流されてしまうことがあるようです。安定しているように見える遺跡でも、長期的にモニタリングを行なうと、劣化が進んでいたりすることがわかります。

 

どうやら、冬の嵐が引き金となり、遺跡が流れ出たようです。木造船はもともと浮くようにできてますから、砂がかぶさっていないとプカプカと浮いてしまうことも。

この船、個人の敷地のすぐそばにあるため、観光客にオープンにすることも難しいとのこと。また、まだ堆積物がないので、いつまた動きだすか分かりません。砂に埋もれれば動かずに保存できるのですが…。ミシガン湖、幸い冷たい淡水なのでフナクイムシはいないのは、まだ不幸中の幸い。

(上)移動する前の図・調査時  (下)移動した後の写真・現在

 

なんか、不気味ですが、数百年前に沈んだ船がふわふわと海底を漂っていることがある、ということですね。あながち幽霊船も完全にフィクションの世界ではないようですね。

 

 

 

ちょっとここからは、ディープな考古学のお話を書きます。遺跡形成の要因と現地保存について

 

 

遺跡形成の要因、つまり、遺跡がどのようにできたか。なぜ、そこに遺跡があるのか…

さて、沈没船遺跡を発見したとなると、なぜそこに船があるのかを考える必要があります。故意に破棄された場合も多くありますね。この場合、海難事故を想定しましょう。

海難事故(例えば衝突や岩礁に当たるなど)が起こっても、すぐその場所に沈没…というわけでもないようです。船底に穴が開いてもしばらくは浮いています。乗組員は、穴をふさぐ、積み荷を捨てる、逃げる準備をする、神に祈りをささげる、できるだけ早く避難港に逃げ込む、などなど様々な行動をとります。積み荷を捨てた場合や、流されるのを防ぐために打ったアンカーなどが明らかな遺跡もあります。バラバラにになっていく過程がわかったりします。

そして、沈没。

ただし、海に浸かってからどれだけ流されるのか、そのまま真下に沈んでいくのか…。タイタニック号も、しばらく浮いていましたね。

余談ですが、金属でできた船は、沈没が始まるとストンとバラバラになりながら海底に向かって比較的早いスピードで落ちていくようです。金属の船は、海底で横になっていたり、ひっくり返ったりしていることが多いとのこと。逆に、木造船は、きちんと竜骨(キール)を下にして着底していることが多いようです。沈んでいく過程でまっすぐ落ちていく。海の中でふわふわ漂っているとか。

この事故に遭った人が記録を残したとなると、海難地点か沈没地点となります。しかし、船が着底した場所が沈没地点かというと、必ずしもそうではない。

そして、今回の例。最初に船が着底した場所と現在の場所。これが異なっているという可能性も十分にあることを示しています。

沈没地点は、現在の環境の中で、その場所におちついて均衡を保っているように見えても、実は「最初からそこにあったわけでもずっとそこにあるわけでもない」という事実。

 

例えば、海の開発があるので探査して「何もなかった」としても、その3日後に嵐があり、工事着工した時には沈没船が現れる!なんてことも。

このような事態に備えて、諸外国では広い範囲で遺跡のモニタリングを行なっています。イギリスやオランダなどは、様々な海洋学の調査で得られたデータを集約し、ある海域に存在する「遺跡の健康状態」をチェックしています。

遺跡がある場所だけや、工事を実施する場所だけでなく、ある程度広い海域がどのような状況にあるのか…果たして砂の流出が進んでいる地域なのか、逆に砂が運ばれて堆積している地域なのか、それを理解することが、最初のステップのようです。

海難事故から沈没までのプロセス

さて、遺跡を発見した場合、その遺跡が沈没していくどの過程にあたるのでしょうか?そこには、どのような遺物があるのでしょうか?

 

①事故発生場所~何かあるかもしれませんね。戦闘があったならば、砲弾など。船の部材の一部なども。局地的な遺物の集中があるのかもしれません。

②事故直後~積み荷を捨てた場合…重たくて、価値の低いものから捨てていきますよね、きっと。となると、金属類やインゴットなどが多いかもしれません。他にアンカーなど。数キロに渡ることもあり得ます。遺物がぽつぽつと散らばっているのかな?ロバート・バラード氏は、地中海の海底調査でこのような場所を発見しています。ほぼ等間隔で同じような遺物が線状に並んでいたそうです。

③沈んでいく船~ゆっくりと崩れながら沈むようですが、積み荷などもばらばらとこぼれ、船体も崩れるかもしれません。捨てた積み荷とはちょっと性質が異なるような気がします。金銭的に価値のある遺物もあるでしょう。

④最初の着底地点~ここが難しい。どれだけの船が着底後に動くのか、どれだけ動くのか、データがありません。船の大部分は移動したと仮定しても、パーツの一部は残っているかもしれません。長い間、同じ場所にあった場合は、多くの遺物が散乱しているかも。遺跡が丸ごと引っ越しするなどあまり考えられないので。ただし、着底後、比較的早い段階で移動したら…。着底のインパクトで崩れた部材などが残っているかも?

⑤自然の作用による移動のあと~おそらく遺物をばらまいているのかも?漁業活動、開発により影響を受けることもありますね。

⑥最終地点・現在地?~残されたモノが何を語ってくれるのでしょうか?もともと積まれていたものの多くは失われている可能性もありますね。また、サルベージの痕跡が残っている場合もあるでしょう。実は、移動したかどうかは、堆積状況を確認すればわかります。が、砂が流されている場所にある遺跡は、なかなか難しい。

上の図から数百年後? 遺跡・遺物がある可能性のある場所

 

水中遺跡を発見した時、果たしてその遺跡が上記のどの場所なのか…。遺跡発見!と思っても、実は④の可能性もあったり。すぐ近くにもっとしっかりと残った遺跡がある可能性も。

いや、そもそも現地に保存をするという行為が何を意味しているのか。沈没した地点・最初に着底した地点なのか…

なんだか難しい!

 

 さて、ここからが最も書きたかったこと。  

 

 この船、現地で保存して守れなかったわけですが…。引き揚げて保存をすれば?という意見もあります。ですが、1隻引き揚げると数億円単位の費用が必要になります。そして、それを温湿度管理の徹底した博物館などで保存。そうすると、毎年数百万円以上のお金がかかります。

 世界には、数百万件に近い水中遺跡があり、ユネスコは300万隻の沈没船遺跡があると想定しています。それらを全部引き上げて保存となると…

 

  300万件の遺跡 x 数億円 + 毎年のメンテ  

= 不可能…? 

 

 到底無理なわけです。全部の遺跡は守れない。だったら、現在、どこにどのような遺跡がどれほどあるかを調べる。そして、記録を残す。そして、できるだけ人的被害を少なくすること。

また、そもそも引き揚げは、その場所の持つ意味もなくしてしまう。将来、様々な検証ができなくなってしまいます。漁礁となり生態系の一部であったり、ダイバーが楽しむスポットになっている場合もあり、豊かな海の構成要素の一つです。持続可能な形で、できるだけ将来に残していく…。

 これが最も重要です。水中遺跡は、いくら現地で保存をしようとしても、不測の事態が起こります。今ある遺跡を調べ、それを活用して文化的に豊かな生活をめざす。それしかできません。

 

 遺跡の分布図を造ること、つまり、水中遺跡の把握。これが最も重要です。国や地域の宝として残していくには、何があるかを調べないと、何もわからない。

 

 

 

 

びでお。おまけ

引用元:https://www.mlive.com/news/kalamazoo/2021/06/lake-michigan-shipwreck-suddenly-moves-after-being-embedded-in-sandbar-for-decades.html

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